大阪地方裁判所 昭和56年(ヨ)3329号
申請人
光源忠司
被申請人
日本ウエブ印刷株式会社
右代表者代表取締役
清井達夫
右代理人弁護士
塚口正男
右当事者間の頭書事件について、当裁判所は審理のうえ、申請人に保証を立てさせないで次のとおり決定する。
主文
一 申請人が、被申請人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 被申請人は、申請人に対し、金二万七、四五三円並びに昭和五五年一一月以降本案第一審判決言渡に至るまで毎月二七日限り金二〇万五、九〇一円をそれぞれ仮に支払え。
三 申請人のその余の申請を却下する。
四 申請費用は被申請人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 申請人
被申請人は申請人を従業員として取り扱い、昭和五五年一〇月一七日以降、毎月二七日限り、金二〇万五、九〇一円、但しその後昇給が実施された場合については平均の昇給額を加算した額、賞与が支給された場合は相当額をそれぞれ仮に支払え。
二 被申請人
1 本件申請を却下する。
2 申請費用は申請人の負担とする。
第二当事者の主張
一 申請人
被申請人は、申請人に対し、昭和五五年一〇月一四日、それまでのオフセット輪転機第二助手から発送係への配転を命じたところ、同人が右配転命令を拒否したことを理由に、同月一七日、申請人を解雇する旨の意思表示をなしたが、右配転命令及び解雇はいずれも不当労働行為ないしは権利の濫用に該当し無効である。
二 被申請人
申請人は、オフセット輪転機L六〇〇班に属していたものであるが、同人が、極く一部を除き、他の同僚らに何の相談もなく、被申請人に対して組合結成の通知をしたことや、共に組合を結成した申請外関本が組合から脱退したにも拘らず、申請人が関本委員長名義でビラを配ったことについて同人と口論したこと、さらに、申請人は、清井社長らから暴行を受けたと主張して、昭和五五年七月三〇日以降欠勤していたものであるが、その間にも、右暴行を理由として、被申請人に対して金一、〇〇〇万円の支払を求める損害賠償請求の訴を提起したり、あたかも従業員の利益代表者であるかの如く振舞って、組合ビラを同僚らの自宅に送付したこと等に対して、L六〇〇班に属する同僚らが強く反発して同班内部の融和を欠くに至ったため、同班の申請外西谷機長は、このまま申請人と一緒に輪転機を動かしては事故が発生するかもしれないと危惧し、上司に対し申請人の配転方を要望してきた。そのため被申請人は、西谷機長の意見を十分に聴いたうえで、事故発生の虞があったこと及び申請人が出社を拒否していた間に、L六〇〇班には既に人員の補充がなされていたことを考慮して、申請人を業務部発送係に配転するほかはないとの結論に達し、右配転を決定して申請人にその旨伝えた。
しかるに、申請人は、何ら理由を示さずに拒否するのみで、上司の説得に対しても反抗的言辞を弄するのみであったため、被申請人は止むを得ず申請人を解雇するに至ったものである。
第三当裁判所の判断
一 疎明資料によれば、一応以下の事実が認められる(但し、一部当事者間に争いのない部分も含む)。
1 被申請人(以下会社という)は印刷の請負を業とする資本金三、六〇〇万円、従業員約一三〇名の株式会社である。
2 申請人は、昭和五三年一二月一一日、会社との間で雇用契約を締結した。
3 会社の機構は工場部門と事務部門とに分かれているが、工場部門はさらにオフセット輪転機課、枝葉印刷課、検品係、刷版係及び業務課発送係に分かれており、申請人はオフセット輪転機三台のうちL六〇〇班に配置された。
オフセット輪転機は一分間に数百回(L六〇〇は六〇〇回)も回転する高速回転輪転機であるが、通常、機長、第一助手、第二助手及び結束係二名の五名で構成され、見習い、結束係、第二助手、第一助手という順で昇格していくところ、申請人は三ないし四か月間見習いをしたうえで結束係になり、さらに第二助手になって現在に至っている。なお、この間勤務状況については何ら問題はなかった。
業務課発送係は曽田久仁利が一人で担当していたが、多忙なときは運送業者を頼んだり、あるいは内部で応援を求めるときもあった。
4 申請人は、同僚の関本孝らとともに、昭和五五年七月二七日、日本ウエブ印刷労働組合を結成し、翌二八日会社二階事務室応接コーナーにおいて、副社長小西一俊に対して組合結成通知をしたところ、その場に現われた会社社長清井達夫は、申請人らに対し、「誰々や組合に入ってるのは、何が労働組合やねん、何が不足や言うてみい、誰々やねん入ってるのは」等と申し向け、申請人らがその必要はないと拒否すると、さらに「そしたら、わしら何もおまえらに言う必要ない、お前らはクビや、今日限りクビ、日本国憲法いうて、おまえ、憲法や法律という面か、前にもあったんや大阪でね、大阪高速いうてな、争議委員やったやっちゃ、これもうちに入ったんや、なあそいつ作りよった、全員、おまえ何笑てんねん、消してしまうでおまえ」等申し向けたうえ、申請人に対し乱暴を加え、加療一週間を要する顔面裂創の傷害を負わせた。
5 申請人は同月二九日出社した際、関本委員長名で「組合結成通告」「要求書」等と題するビラを配布する等していたが、工場長に呼出されて二階第一応接室に赴いたところ、会社幹部らから「申請人のために機械が止まってしまった、組合活動を考え直したらどうか」等と申し向けられ、また関本からも「俺はもうやめたんやから名前は使わんといてくれ」と申し向けられた。
6 その後、同日の深夜から翌三〇日の早朝にかけて前記応接室に社長が現われた際、申請人が前記第4項の負傷について責任追及したことから紛争となり、第一応接室から第二応接室に至る廊下上で、会社幹部らから乱暴を受け、加療一週間を要する頸部、左肩関節挫傷、顔面裂創の傷害を負った。
7 申請人は、前記第4項及び第6項の各傷害を受けたことを理由として、会社を相手方として、損害賠償請求の訴を起こした。
8 申請人は、身の危険を感じて、同年七月三〇日以降は出社を見合せ、同日会社に対してその旨の通知をしたが、同年九月一一日、会社に対し、「貴社の暴力行為の可能性が全く排除されていないので、第一回裁判当日まで休業し、就労は裁判の翌日一〇月一四日からとする」旨通告した。
9 会社は、L六〇〇班所属の申請人が欠けたため、L六〇〇班については他のオフセット輪転機班から補充して新メンバーを構成し、他のオフセット輪転機については、他の部門からの応援を頼んだり、あるいは新規採用によって運転を続けてきた。
10 申請人は、通告どおり、同年一〇月一四日に出社したところ、L六〇〇班の西谷機長や小西副社長らから「おまえのことを悪く言う者もいる、今のままで申請人が一緒に仕事をしては安全が保たれない」等と申し向けられたうえ、同日、口頭で発送係への配転を命じられたが、申請人はこれを不当労働行為であるとして拒否した。
11 申請人は、同月一七日、再度出社したが、その日も配転を拒否したところ、解雇を言渡された。
12 発送係はその後も曽田一人で従前通り業務を行なっている。
二 会社は、申請人の二度にわたる負傷は、いずれも申請人の自損行為か、仮に会社幹部らの行為によるものであったとしても、故意によるものではなく、押し合ったはずみに生じたものであると主張しているが、右二度にわたる負傷がいずれも申請人が組合結成通知をした後に生じていること、(証拠略)で明らかな如く、社長は組合に対して嫌悪感を抱いていること、第一回目の負傷の際は申請人及び関本の二名、第二回目の負傷の際は申請人一名であったのに対し、会社幹部らはいずれの場合も三名以上がその場に居たこと、偶発的な負傷が二度も続けて起きるというのは不自然であること、申請人は現に、同年七月三〇日以降出社していないこと等に鑑みれば、会社の主張はにわかに採用することはできない。
三 ところで、本件全疎明資料によっても、申請人と会社との雇用契約の際に申請人の職種が限定されたとは認め難く、また、発送係への配転が右雇用契約の範囲を逸脱しているとも認め難いのであるが、人事権の行使は無制約に許されるものではなく、企業経営上の必要性、合理性なしになされた配転命令は権利濫用として無効と言わなければならない。
そこで本件配転命令について検討するに、会社は、申請人に対して反発する者がいて、申請人と一緒にオフセット輪転機を運転すれば事故発生の虞があること及びL六〇〇班は既に人員が補充されていたことを理由として配転を命じた旨主張しているが、まず危険性の有無については、申請人に対して反発する者がいたことを窺わせる疎明資料は存するものの、本件全疎明資料によっても、右反発する者と申請人が一緒にオフセット輪転機を運転すれば事故発生の虞があるとまで認めることはできず、また既にL六〇〇班には補充人員が配置されていたとしても、他の二台の輪転機は他部門からの応援や新規採用によって動かしていたというのであるから、申請人が相当の経験年数を有し、しかもこれまで勤務状況に何ら問題点がなかったことや、そもそも申請人が長期間欠勤したことについては、会社にもその責任があるうえ、申請人は、同年九月一一日に、同年一〇月一四日から出社する旨通告していたのであるから、会社は、配転方法については十分に検討する期間があったこと等を総合勘案すれば、会社としては、少なくとも他の輪転機への配置換えを検討すべきであったと考えられるのであって、全く職種の異なる発送係への配転命令についてはその必要性及び合理性を肯認し難く、従って、本件配転命令は権利濫用として無効といわなければならない。
四 申請人が本件配転命令に従わず、そのため会社から解雇されたことは当事者間に争いがないが、前述したように、本件配転命令は無効であって、申請人がこれに従う義務はなかったと解されるから、本件解雇もまた無効といわなければならない。
従って、申請人は会社に対し雇用契約上の権利を有する地位にあるものというべきである。
五 申請人は、昭和五五年一〇月一七日以降の賃金の仮払いを求めているところ、申請人が毎月二七日、前月二一日から当月二〇日までの分として金二〇万五、九〇一円の支給を受けていたことは当事者間に争いがないから、申請人は、同年一〇月二七日に、同月一七日から二〇日までの分として金二万七、四五三円の、同年一一月以降毎月二七日限り金二〇万五、九〇一円の各賃金支払請求権を有するものと解される。
六 申請人は、将来の昇給分並びに賞与の仮払いをも求めているが、右各請求はいわゆる将来の給付の訴に該当すると解されるところ、本件全疎明資料によっても、予め右各請求をなす必要があるとは認め難く、右各請求は失当である。
七 疎明資料によれば、会社は昭和五五年一〇月一七日以降申請人を従業員として取扱わず、同日以降の給与の支払いを拒んでいること及び申請人は会社からの賃金収入のみによって自己の生計を維持してきたものであり、本案判決を待っていては著しい損害を被ることが一応認められるから、本件仮処分申請の必要性があるものというべきである。
八 以上のとおりであって、申請人の本件申請は、主文第一及び第二項の限度では理由があるから、保証を立てさせないでこれらを認容し、その余の申請については理由がないからこれを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 廣澤哲朗)